駅前といえば、ショッピング。たくさんの駅ビルに囲まれ、大勢がショップバックをぶらさげて歩く…「駅前」と言われて、大半の方々の目にはこのような光景が浮かんだことでしょう。
2017年10月、駅前にはショッピングセンター秋田OPAが誕生し、秋田県内外から大勢の人々が訪れていました。
その秋田オーパに向かってすぐ左手、徒歩3分のところに、大正時代に作られたと思われる蔵が併設された古民家が、ひっそりと建っています。来てみれば、ここが秋田駅前であることを忘れさせてしまうくらい、粛然としています。
階段を上って中に入ってみると、玄関を開けてすぐ左手の壁が石でできています。入った先には、たくさんの部屋がありました。家の中から蔵に行くこともでき、奥には囲炉裏までありました。2階にも多くの部屋があり、その中の一つは天井の高い洋室のような、不思議な空間でした。
この秋田駅すぐ近くの「蔵ハウス」を有効活用できないかと、大家さんより以前から相談を受けていました。この趣深い建物の活用方法は、不動産屋が考えるより、感受性の豊かな秋田公立美術大学の方々に考えてもらったほうがいいのではないかと思い、連絡をとってみたところ、大学院複合芸術研究科の院生さんに、授業の一環としてこのプロジェクトを提案していただきました。
この授業の主軸は、短期的に地域社会とコラボレーションし、人の流れを生み出すこと。また、院生さんは使われてない場所の利活用にも興味があるとのことでした。
そこで、この物件を掃除し、ご近所の方、空き家に興味がある方を呼び込んで、お茶会をしたいと考えたそうです。掃除という行為には、場所開きの意味があると、院生さんは語ります。「『場所』に手を入れ、場所について知り、愛着を持つための行為でもある」—掃除という日常的に行う行為を、別の視点から見つめ直していました。
お茶会を開くことで、様々な方々とのつながりを創ることができます。囲炉裏を目の前にすることによって、使い方を知っている方々との世代間交流もできる、と考えました。
院生さんは、自分たちで使い方を先に決めてしまうのではなく、地域の方々(=当事者)と一緒に使い方を模索していくことを大切にしていることもあり、地域の方々と触れ合う機会を持ちたいと考え、このプロジェクトを企画してくださいました。
掃除に入る前は数年間人の手が入っていなかったために、蔵ハウスはホコリをかぶっていました。出入り口につながる階段はツタに覆われ、建物内には蜘蛛の巣がはりめぐらされていました。お茶会のために使用するスペースのみを掃除するだけで、3日間かかりました。
囲炉裏はそのまま使用すると危険だったので、砂を足し、耐熱のレンガで囲みました。囲炉裏のある部屋は、院生さんたちがアイディアを出し合い、手軽にできる方法で入念に補修してくれました。
お茶会当日は、一般の方や外国の方、大学の先生方が訪れ、一時は囲炉裏のお部屋に入りきらないのではないかと心配になるくらい大勢が集まりました。寒い日だったためにストーブもつけていましたが、囲炉裏のみでも想像以上に暖かく感じられました。囲炉裏には外から人を迎え入れ、寄り集め、コミュニケーションの機会を生み出し、心を和ませてくれる力があるのだと、実際に行ってみて感じました。